23話)
約束の日曜日が近付くにつれて、茉莉の気持ちは二転三転した。
河田茉莉の顔を演じながら、あれからも歩に何度も、疑問を投げかけようとして口に出せず、冷たい彼の反応に、いつもより打ちのめされた。
そんなこんなで、時間だけは過ぎて、とうとう当日の朝を迎えた。
茉莉の体は自然に、例のマンションに向かってしまうのだった。
マンションに着いたのは、ギリギリの時間で、それでも部屋内に干していた洗濯物を取り込み、洗濯機も回した。続いて化粧をとり、箪笥にある服から適当に出して着た。
とにかく時間がないので、服装を考えている暇がない。
スカートとタンクトップを着て、レースのカーデガンを羽織った。
デニムの生地のバックを肩にかけた瞬間。インターフォンが鳴る。
「はい。」
返事すると、
「河田です。」
と歩の声。
(こっちも河田ですけど・・。)
思うものの、言葉に出すわけにはいかない。
「ちょっと待っていて・・。」
答えて、真理は小走りに廊下を走って、扉を開けようとして、茉莉のパンプスに気付く。
これはヤバい。
(セーフ!。)
あわてて靴箱に収納して、真理のサンダルを取り出した。
そこで扉を開けると、やはり歩だった。
「ごめんよ。車が混んでいて。」
ちょっと遅れた。
言葉を続ける彼に、真理は首を振って、
「私も今、用意出来た所だから・・。」
言って靴箱からサンダルを取り出して履く。
外に出て、鍵を閉めて、エレベーターホールに向かう間に、
「今日はどこに行きたい?俺は映画でもどうかな?なんて思っているんだけど。」
と、問いかけこられて、思いっきり嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いてしまった。
そんな真理に、歩はクスクス笑って、肩を抱いてきた。
一瞬昨日の車の出来事を思い出して、顔を赤らめる真理の頬をツンと指ではじき、ちょうど開いたエレベーターに入ってゆく。
エレベーターの中では、彼は何も言ってこない。下に着くと、車道に横付けして待ちかねている車に乗り込んだ。
すぐさま車はなめらかに発車して、走りだす。
歩が運転手に何も言わない所を見ると、あらかじめ場所は言っておいたようだ。
ぼんやり車窓を見ていると、
「今日の格好も可愛いね。」
なんて言われて、ビックリする。
「可愛い?」
目を見開いて答える真理に、
「とてもエロいよ。ここから指を突っ込みたくなる。」
言いながら、人差し指で胸元を差してくるものだから、あわてて引き上げた。
(このタンクトップ・・下着にもなるやつだった。)
歩の言う通り、V字型に大きく開いてピッタリ貼りつく布地は、胸の形もそのままで・・。
失敗した。
心の中でつぶやくが、すでに遅い。
レースのカーデガンも胸元に集めだす真理に、
「なに警戒してんだよ。」
と、少し拗ねた顔をする。
「・・恥かしいの・・。」
小声で抗議すると、歩の瞳が愉快気に踊った。
「恥かしいのかい?恥かしがる必要なんかないよ。真理の綺麗な体を、もっと見たいのに。」
言いながら、歩は優しい仕草で真理の両手をつかんで、ゆっくり引き離してしまう。
自然に真理の両手は、彼の前で広げる形になって、それにつれてカーデガンも脇に流れた。
薄手のタンクトップは、ひょっとしなくてもブラジャーの形もそのまま映しているのかもしれなかった。
心持ち下を向く歩の視線は、胸の谷間や、そのものの形を堪能するかのように、じっくり見つめていた。その視線は熱く、まるでそのまま吸いつきかねないくらいに力強い。
「・・・。」
なぜ拒めない。
そんな目で見ないで!と言えない。
目で犯されている気分だ。何もされないのに、肌がじんわりと熱くなってくる。胸の頂き辺りも布に擦れて痛いと思った。
息をするたびに胸も動く。少し息が荒くなってくるのが、彼に伝わってしまった。
「見られただけで、感じてるの?」
耳元でささやかれて、真理はイヤイヤをするかのように首を振った。
「本当に?確かめるよ。」
小さくつぶやいて、歩はタンクトップをめくって、手を滑り込ませてくるのだ。
「あ・ゆ・・むさん・・。」
いきなりそんな事されたものだから、ビックリして自由になった手で、彼の動きを封じ込めようとしたが無駄だった。
ブラジャーをあっという間に外されて、歩の手のひらは、真理の胸を包みこんでしまう。
「柔らかいね。」
もみながら、いたずら心一杯のいじわるな目付きで、胸の頂きを指の腹で擦った。
「は・・ぅん。」
言葉にならない声が上がる。途端、彼の手の動きが速くなる。
身じろぎするのが、真理の体ごしに伝わったようだ。
歩は、ハッとした顔をして、手をひっこめてしまう。
「ダメだ・・今日はこんな事をするために、会ったんじゃない。」
小さくつぶやいて、真理に向きなおると、名残りおしげにジッと見つめてくる。
歩の顔が近づいてきて・・・。
思わず目をつむった真理の唇に、柔らかな感触が押し当てられた。
真理は逆らわなかった。
あっという間に歩の体が離れてゆく感触に、慌てて目を開けると、切なげな彼の視線とはち合わせをする。
そんな感情がかい間見れたのは一瞬で、歩は首を傾げるとチラリと腕時計で時間を確認する。
「そろそろ到着するよ。映画は 真理が選ぶといい。俺はなんでもいいから。」
言ってこられて、真理も何が見たいか、瞬時に思いだせないのだった。
河田家の嫁としての責務と、逃げの“こっこ遊び”に忙殺されて、最近どんな映画が放映されているのか、全然知らないからだった。
そんな事はとにかく、乱れた衣服をどうにかしなければならない。
あわててブラジャーのホックを止めなおして、服を整え出す真理の仕草を見る歩の視線がまた熱かった。